考へるヒント

生活の中で得た着想や感想

日本画と庭園を求めて|足立美術館

 
 
松江からJRで20分ほどの場所にある安来駅へ向かい、そこから無料のシャトルバスに乗ってさらに20分ほど、しめて約1時間で訪れることができる。
 
出雲ガチ勢の友人から勧められて訪れた場所なのだが、展示品良し、庭園良し、ホスピタリティ良しの素晴らしいスポットであった。当初の旅程には含まれていなかったのだが、幸運にも遅い時間のフライトにずらすことができたので、今回訪問することができた。
 

 
安来市出身の実業家・足立全康氏(1899-1990)が地元への恩返しと文化発展のために設立した美術館で、横山大観を中心とした近現代日本絵画・陶芸コレクションと、館内に広がる日本庭園が圧巻である。ゆっくり見て回ると2時間ほどかかるだろうか。
 
順路の途中途中にはトイレが完備されており、また庭園が望める喫茶室やレストランも併設されているため、たっぷりと時間を取って訪問することを勧めたい。
 
今回の訪問で私が特に印象に残ったのは、従業員の方のホスピタリティであった。
 
美術館に到着する遥か手前のシャトルバスの運転手の方からすでに「よくトレーニングされているな」「ここは違うな」と思わされたのだが、入り口のチケットカウンターから出口のミュージアムショップまでどの方も非常に訓練され洗練された所作で、だが機械的・マニュアル的ではなく、程よく人間味のある良い塩梅だったので最初から最後までずっと感心しきりであった。「おもてなしをして頂いた」と心から感じる気持ちの良い時間であった。
 
話を美術品に戻すと、収蔵品のラインアップからは創立者・足立全康氏の趣味の良さを感じた。審美眼がさぞ優れていたのであろう、良いものが選りすぐられていて非常にバランスが良く、実業で成功を収め、長く繁栄を享受されたのも頷ける良いコレクションだと思われた。それぞれの美術品が素朴だが力強い存在感があり、長く見ていても疲れたり飽きさせたりしない不思議な魅力を備えていた。
 
今回は春期特別展ということで「島根の県花・ぼたん」というコレクションが展示されていたが、展示品の中ではこれが一番印象に残った。
 
題名の通り、色々な画家が描いた牡丹の花の絵が展示されているのだが、写実的なものもあれば少々崩した象徴的?なものもあってバラエティに富んでおり、お気に入りの作品が誰でも一つは見つかるのではないだろうか。当方は恥ずかしながら制作手法など技術的なことは全く存じ上げないが、同じ牡丹にしてもこうして一堂に会すると壮観で、「様々な描き方があるのだなあ」と感心させられ、どの作品もとても心惹かれるものだった。強いてお気に入りの作品を挙げるならば、富岡鉄斎であろう。
 
その他は、本稿冒頭でも触れた横山大観のコレクションはさすがの一言。素人がどうこう言えるものでもないが、安心していつまでも見ていられる感じがする。その一方で魯山人はどうも好きになれなかった。作品からは幼稚さ(駄々っ子のような質の悪いもの)や破綻しか感じられず、居たたまれなくなり、見ていられない。よくぞここまで幼稚さを純粋に昇華できたなと敬意は表すれども、好きにはなれない。そもそも魯山人のことを人として尊敬できないのも一因だろう。
 
話は変わり、もう一つの目玉である日本庭園も実に素晴らしかった。
 

 


どちらかと言うと、「日本庭園」というより「Japanese Garden」と言った方がより正確かもしれない。足立氏がこだわり抜いた庭園は手入れが行き届いており、どこから見ても美しく隙がない。私はもっとこじんまりとした素朴な方が好みなので、少々華美な印象を持ったが、館内に併設されている喫茶室などからゆっくり眺めれば、日常生活で急きたてられた心もきっと落ち着くことだろう。館内の案内ポスターには庭園の春夏秋冬の写真が載せてあったが、春の新録の季節から秋の紅葉、冬の雪景色までどれも捨てがたく、季節ごとに足を運んでみたいと思わされた。

最後に新館に展示されている現代美術・絵画を見て回ったが、「足立美術館賞」という賞を受賞し、美術館が買い上げた作品が並んでいた。現代の画家や作家の創作活動を奨励する意味合いがあるのだろうが、このようなところまでを含めて「美術館運営」としているのが非常に素晴らしいと感ぜられた。視野の広さ、懐の深さ、創立者の遺志が脈々と受け継がれている。
 
新館の作品群については「こういうものもあるのだなあ」という程度でピンと来るものはなく、特に印象には残らなかったのは残念であった。私は歴史の浅いもの、流行もの、最先端のものはどうも昔から苦手で、絵画についても描かれてから一定の時間が経って、時間の試練に耐え残ったものにばかり興味を惹かれるタイプのようだ。足立氏のように自分で見定める目、審美眼がまるで無く、他人からの評価が定まったものしか理解することができない凡庸な感性を目の前に叩きつけられたようで、大変反省している。
 
敬愛する竹山道雄に触発されて以来、審美眼や感性を養うことを目的に美術館や博物館などに積極的に足を運ぶようにしているが、今回も色々と収穫があったので、記憶が鮮明なうちに印象や着想などを書き散らした次第。